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SCPでIの関連会社に移ると、賃金は55%に減額される。
「それと同じでしょう。 おまけにIの関連会社はいつまで続くかわかりませんからね」と言う。

日本Iは「関連会社に転職すれば65歳まで働ける」と言っているが、Sさんによれば、「私は会社から62歳までだと言われた、という人がいる」そうだ。 必ずしも65歳まで雇用を保障しているわけではないようだ。
それなら6ヶ月分の加算金をもらって、自分で再就職の道を切り開いた方がましだというのが、Sさんのような積極派の考え方だろう。 93年1月、SCPの混乱する中でめでたく60歳定年で退職したOさんはOBの立場から、日本Iの現状を心配している.「私のところに、頻繁に後輩などから手紙や電話がきます。
ある人は『Iの崩壊です』と書いてきました。 彼はともに仕事をした仲間で、『崩壊』なんてSさんはこう語る。
「50歳以上でも、お客さんの役に立つスキル(技量)を蓄えている人はいます。 そういう人を残して、うまく活用すればいいのにと思います。
あれでは頭数を減らすために、大事なスキルまで一緒に外部に流出させてしまった」と。

上の従業員に繰り返しSCPへの応募を呼びかけた点などから判断して、黙って任意の退職希望が出てくるのを待っていたとは思えない。
普通、希望退職を募る場合でも、前もって辞めさせる人と残すべき人を仕分けして、辞めさせたい人に集中的に陰に陽に応募するように働きかけるものだが、IのSCPの場合は一部のライン管理職を除くと無差別だったようだ。 わずか150人のミニ組合の日本I労働組合(全日本金属情報機器労働組合日本I支部)では「目標数が多かったので達成するために、無差別にだれかれ構わず応募するように呼びかけていた。このため、かなり有能な人まで辞めてしまった」とOさんは「主席SE」という役員に次ぐ高い資格で退職した技術の専門家である。
若い頃は労働組合の委員長も経験している。 様々な人のつながりがあるのだろう。

「SCPの応募者も5月の連休明けから締切間際にかけてが多かったんです。 「私は退職してから女房になぜ辞めたのかと怒られています。
私自身もなぜ応募したのかよく説明できません。毎週のように仕事がなくなるという話をされて、いたたまれなくなって、つい応募してしまい、今では後悔しています』という手紙も寄せられています」。 予兆のような思い出がOさんにはある。
87年、米国に出張した時のことである。 米Iの友人であるH氏と外で会い、一緒にオフィスに一戻る時、玄関で杖をついて出てくる老人に出会った。
H氏は誇らしげに説明した。 「彼は現役の技術者だよ。自分に働く意思さえあれば、何歳になろうと、働けるのがIなんだ」。
「そうかい。日本Iでは定年は60歳なんだ」と、Oさんはうらやましそうに話したことを覚えている。 それから2年ほど後、ある日、電子メールでH氏から退職の知らせがきた。
ハッピー・リタイアメントだと思ったOさんは早速、「おめでとう」と電子メールで祝いの言葉を送った。 しばらくして「おめでとうじゃないよ。おれは辞めなければならなくなったんだ」という悲痛な電話をもらうことを口にするような男ではなかったんですが、どうなってしまったのか。
みんな、動揺していました。 日本Iは10月8日、新たな合理化策を打ち出した。
生産部門と、本社・営業の間接スタッフから2千5百人を94年1月末までに、ソフト・サービス部門に配転し、応じられなければ、早期退職制度を適用するという計画を発表したのである。 409歳以下の場合、最高で年収の2年分を退職金に加算する。

50歳以上は同じく年収の一年9ヶ月分を退職金に上積みする。 ともに94年1月末までの措置で、2月からは最高で年収の一年分を加算する新セカンドキャリア支援プログラムを50歳以上の従業員に適用する。
人員を削減するのは生産部門の神奈川県・藤沢事業所、滋賀県・野洲事業所と、本社、サービス会社などの間接部門や営業支援部門である。 配転先は千葉県・幕張事業所と神奈川県・大和事業所などで、職種や勤務場所が大幅に変わる可能性がある。
サービスやソフトウエア開発の部門を強化するのが狙いと会社側は説明しているが、配転に応じられなければ退職である。 配転か退職かの選択は従業員にとって相当厳しいものになる。
運用次第では事実上の解雇になりかねない。 全く畑違いの仕事には、いくら再教育をするといっても、異動しにくい。
勤務場所も住宅を替えなければならないようだと、転勤できない人もでるだろう。 日本Iはかつて、夫婦共稼ぎの従業員の一方が転勤した場合には、残った方も同じ場所で勤務できるように、今までと類似の仕事を探して追いかけて転勤させた。
このようなこまやかな人事をやってきたIが今や、事実上、終身雇用政策を捨てたといっても過言ではなかろう。 オブラートで包み、あいまいな形で進めている点は、日本的な風土に合っているのかもしれない。
2千5百人の配転計画も、もし退職者が発生するとしたら、あくまで結果というわけだろう。 大量配転の狙いは、本当に部門間の人員の凸凹を調整することだけなのか、あるいは人を減らすことにあるのか。

社内の従業員には一番よくわかるはずだ。 はっきりしているのは、一つの会社に定年まで勤務することは難しくなってきたという点である。
Dは前に紹介した『G』の中で、次の通り書いている。 「I社の経営者は、不況期において、一雇用を維持することを自らの任務にしようと決心した。これを達成する方法は明らかにただ一つしかなかった。 すなわち、新しい市場を開拓することであった。市場を見出しこれを育成することに非常な成功を収めたため、I社の雇用は30年代を通じて確実に維持されたのである」と。

コンピューターの小型化、つまりダウンサイジングの波に乗り遅れたIは今、雇用を削らざるを得ないわけだ。
低成長経済に落ち込んだ日本の大企業も、同じ問題に直面している。 終身雇用の神話はもう守ろうにも守れない。
同友会メンバーの外資系企業のあるトップ経営者がかつて、自らも転職経験があることもあって、「企業の活性化のために、今後、労働力の流動化を盛んにすべきだ」と、他の会員に訴えたことがある。 しかし「皆さん、流動化には消極的で、賛成する人は少なかったですね。
自分の会社から優秀な人が転職する方を心配しているんですよ」と、その経営者は首をすくめていた。 K会(代表幹事H氏)が9月に発表した「日本経済の構造改革に向けて」と題するリポートに、一雇用問題の視点から見て注目すべき言葉が入っていた。
「柔軟な労働市場の形成が必要である」という文言である。 これまで企業が終身雇用と年功制を金科玉条にしていた時代は、社内のある部門で余った労働力は同一社内の他部門で吸収するのが原則だった。
いわゆる企業内労働市場を通じての労働力移動である。 このため今までは一般労働市場があまり発達しなかった。
その育成には企業自身もほとんど無関心だった。 それが今、経済構造改革のためには「柔軟な労働市場」が不可欠だというのだ。
この「日本経済の構造改革に向けて」というリポートは、IS社長を委員長とする経済政策委員会がまとめたものである。


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